メッセージ

あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯。(詩編119篇105節)

主に望みをおく人は

投稿者
toshibetsu
投稿日
2026-02-08 16:39
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260208利別教会メッセージ
御言葉:イザヤ書40章28節から31節
題:主に望みをおく人は
先週は、神様のご臨在を慕い求めたヨシュアの、聖霊に満たされた人生に触れました。今日は「主に望みをおく人は」という題で、イザヤ書40章と民数記・ヨシュア記から、ヨシュアの信仰の友、カレブの人生から恵みを頂きましょう。
1. イザヤ書
イザヤ書は南ユダ王国で活動した預言者イザヤが記した預言書です。紀元前722年、北王国イスラエルの首都サマリアが、アッシリアにより陥落しました。その翌年から、アッシリア帝国はユダ王国をも攻撃しましたが、エルサレムは神様のお取り計らいで守られました。イザヤが活動していたのは、アッシリア帝国が世界を支配した、この時期です。
アッシリア帝国も紀元前612年には首都ニネベが陥落して、覇権はバビロン帝国に移りました。そのバビロン帝国によって紀元前598年にバビロン捕囚が始まり、紀元前586年には南ユダ王国の首都エルサレムが陥落しました。しかし紀元前538年にはバビロン帝国もペルシアによって滅ぼされ、バビロン捕囚の解放へとつながりました。
 イザヤ書には、およそ150年後のバビロン捕囚と、更にその後の解放と神殿再建の預言が記録されています。今日の本文のイザヤ書40章28~31節は、バビロンの地で捕虜生活をしている人々にむけて語られた預言の御言葉です。
2. 神に忘れられた
40章28~31節は、27節に呼応しています。27節です。「27ヤコブよ、なぜ言うのか イスラエルよ、なぜ断言するのか わたしの道は主に隠されている、と わたしの裁きは神に忘れられた、と。」ヤコブとイスラエルは同じ人物でアブラハムの孫でイサクの子ヤコブの名前です。ヤコブの名前がイスラエル「神様と戦って勝った」という名前になる出来事は創世記に示されています。
捕囚の民は、既にエルサレムでの生活を体験していない世代が中心となっていました。捕囚の民は自分たちの運命と神様の関係について、どう考えていたのでしょうか。「わたしの道は主に隠されている」、「わたしの裁きは神に忘れられた」と断言しました。神様が私たちを忘れられた。神様の恵みと祝福から、私は除外されている。神様は私たちの事を、もう心にとめておられない。モーセやヨシュアの時代や、ダビデやソロモンの時代に示された力強く不思議な業も、もはや現わされることもない。自分たちは神様から忘れられた。神様の恵みと祝福から除外されている、そんな思いが感じられます。もしかしたら、神様にはそんなことには関わってくださらないという思いや、神様にはそんな力がないという思いもあったかもしれません。
でも、「イスラエルよ、なぜ断言するのか」という声は、「そんなことはないよ」という御声です。そして、力を与える御言葉が語られます。それが今日の聖書箇所です。
3. 創造の神
28節です。「あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。主は、とこしえにいます神、地の果てに及ぶすべてのものの造り主。倦むことなく、疲れることなく、その英知は究めがたい。」私たちが信じる神様は人間に由来する神々とは異なります。「とこしえにいます神」であり、「地の果てに及ぶすべてのものの造り主」です。時間と空間の限界を超えた存在であり、あらゆる被造物の造り主です。この方は、「倦むことなく、疲れることなく、その英知は究めがたい」方です。すべてを造られた方は、疲れることもなく、またすべてをありのままに完全に知っておられますが、被造物は決してその英知に達することができません。そういう方であるということを、「あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。」と仰います。私たちは創造の神様について、きちんとわきまえておく必要があります。それが、被造物である私たちの命と力の大前提となるからです。
4. 力を与える神
29節です。「疲れた者に力を与え 勢いを失っている者に大きな力を与えられる。」人は、自分の中に力があると考えるかもしれません。しかし、力の源は創造主にあります。力も勢いも、創造主から与えられるものです。
「疲れた者」とは日常生活の労苦によって疲れた人を意味します。雪かきや人手不足で疲れます。また、延々と一人で頑張ると疲れ果てます。疲れても、勢いがあれば少し休んでまた頑張れます。でも、勢いを失った状態になることがあります。道がふさがり、支えもなく、孤独で、心が弱くなって、体も弱くなってしまった状態です。
しかし、創造主である神様は、疲れた者に力を与え、勢いを失っている者には、大きな力、powerを与えることがおできになります。
では、疲れていれば誰でも力をいただき、勢いを失えば大きな力をいただけるのでしょうか。今まさに、イスラエルの人々は、その力をいただけていないから、「自分は神に忘れられた」と言って、心がふさいでいるのです。
5. 若者と勇士、主に望みをおく人
30、31節です。「30若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れるが31主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」力をいただくのに、年齢や体力は条件になりません。若者や勇士も、望みを失うと、倦み、疲れ、倒れるからです。例えばマラソン選手は、人生のマラソンも最後まで力いっぱい走れるでしょうか。自分が愛したはずの相手から「もうおしまいにしましょう」というメッセージを受けると、心が挫けて、疲れて、倒れるのではないでしょうか。健康や体力、成績、実績、富、地位、名誉に望みを置くならば、頼みにしていたその望みを失う瞬間、倦み、疲れ、つまずき倒れてしまいます。望みを置くべきではないものに望みを置いたからです。それは、私たちに力を与えるものではないからです。
しかし、「主に望みをおく人」は新たな力を得、鷲のように翼を張って上ることができます。私たちが望みを置くべき方はただ一人、主、「とこしえにいます神、地の果てに及ぶすべてのものの造り主」のみです。走っても弱ることなく、歩いても疲れない力を、神様が与えて下さるからです。
聖書には主と主の約束に望みを置いて生きた人物がいます。ヨシュアの信仰の仲間、カレブです。
6.神に望みをおく人、カレブ
カレブはカナンを偵察するために選ばれたイスラエルの各部族の中の、ユダ族の代表でした。そして、カナンから戻った12人の偵察隊の中の10人が民数記13章28節「しかし、その土地の住民は強く、町という町は城壁に囲まれ、大層大きく、しかもアナク人の子孫さえ見かけました。」と報告したので、それを聞いたイスラエルの民は動揺しました。人々の心の中に恐怖が、感染症のように広がりました。
心配事がある時、怖くて恐ろしい時は、その問題がとても大きく見えますが、それは、全知全能の神様、とこしえにいます神様、すべてを造られた神様から、目を離した時であるとも言えます。この10人の指導者は、神様から目を離しただけではなく、人々の目をも神様から離させたので、人々の心は強い敵と頑丈な城壁だけに向けられました。
しかしその時、カレブはこう言いました。民数記13章30節です。「カレブは民を静め、モーセに向かって進言した。「断然上って行くべきです。そこを占領しましょう。必ず勝てます。」」「必ず勝てます」と言い切りました。また、ヨシュアとカレブは、共同体全体にこう訴えました。民数記14章7節後半から8節です。「7b「我々が偵察して来た土地は、とてもすばらしい土地だった。8もし、我々が主の御心に適うなら、主は我々をあの土地に導き入れ、あの乳と蜜の流れる土地を与えてくださるであろう。」なぜこう言い切れたのでしょうか。それは、神様の約束に根拠を置いていたからです。
神様はモーセを呼ぶときこう約束されました。出エジプト記3章8節です。「それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。」カレブは、モーセを通して与えられた神様の約束に、自分の望みを置きました。その約束を根拠に、「とてもすばらしい土地だった。もし、我々が主の御心に適うなら、主はあの乳と蜜の流れる土地を与えてくださるであろう。」と言い切ったのです。そこに巨人が住んでいるかどうか、城壁が立派かどうか、そんな状況を判断材料にはしてはいませんでした。
目に見える状況を恐れて神様の約束を捨てることは、主に背くことであると、カレブは判断しました。9節です。「9ただ、主に背いてはならない。あなたたちは、そこの住民を恐れてはならない。彼らは我々の餌食にすぎない。彼らを守るものは離れ去り、主が我々と共におられる。彼らを恐れてはならない。」」勝利の主がともにおられるのだから、恐れてはならないと主張しました。
こうして神様の約束に信頼したカレブに、神様は約束を与えられました。民数記14章24節です。「24しかし、わたしの僕カレブは、別の思いを持ち、わたしに従い通したので、わたしは彼が見て来た土地に連れて行く。彼の子孫はそれを継ぐ。」実際にカレブは、40年の荒れ野生活の後に、ヨシュアと、そして次の世代の人々と一緒に約束の地カナンに入りました。
カナンの地では12の部族それぞれに土地が割り当てられました。その際に、カレブがユダの人々を連れてヨシュアのところに来て言いました。ヨシュア記14章7~8節です。「7主の僕モーセが ~ この地方一帯を偵察させたのは、わたしが四十歳のときでした。~ 8一緒に行った者たちは民の心を挫きましたが、わたしはわたしの神、主に従いとおしました。」これは、カナンの地の偵察の時の話です。そして9~10節前半です。「9その日、モーセは誓って、『あなたがわたしの神、主に従いとおしたから、あなたが足を踏み入れた土地は永久にあなたと、あなたの子孫の嗣業の土地になる』と約束しました。10御覧ください。主がモーセにこの約束をなさった以来四十五年、イスラエルがなお荒れ野を旅した間、主は約束どおりわたしを生き長らえさせてくださいました。」カレブは45年間、主と主の約束に望みをおいて生きてきました。そして、神様はその間、誠実に約束を守って慈しみを与えて下さったと証しています。10後半~11節です。「10b今日わたしは八十五歳ですが、11今なお健やかです。モーセの使いをしたあのころも今も変わりなく、戦争でも、日常の務めでもする力があります。」主に望みを置いたカレブは45年経って85歳になっても、なお健やかで力と気力がありました。そして、45年前の神様の約束に基づいて、はばかることなく、ヨシュアに希望を伝えました。12節です。「12どうか主があの時約束してくださったこの山地をわたしにください。あの時、あなたも聞いたように、そこにはアナク人がおり、城壁のある大きな町々がありますが、主がわたしと共にいてくださるなら、約束どおり、彼らを追い払えます。」」約束のとおり、主が共にいるならば、アナク人と戦って彼らを追い払える、と確信していたからでした。
どうなったでしょう。カレブの言葉の通りになったと記されています。13~14節です。「13ヨシュアはエフネの子カレブを祝福し、ヘブロンを嗣業の土地として彼に与えた。 14ヘブロンはケナズ人エフネの子カレブの嗣業の土地となって、今日に至っている。彼がイスラエルの神、主に従いとおしたからである。」まさに、カレブは、主に望みを置いて、主の約束を握りしめて、人生を歩み通しました。イザヤ書40章31節のとおりの人生を歩みました。「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」神様はその歩みを全うすることができるように、新たな力を与えて、鷲が翼を張って上るように、問題を超越した信仰の歩みを歩ませてくださいました。
7. 招きと決心の時間
招きと決心の時間を持ちましょう。ここに、まだイエス様を自分の罪のための救い主として受け入れていない方がおられるのでしょうか。この時間、イエス様を自分の救い主として受け入れますようにお勧めします。聖書は、私たちの人生は70、健康であれば80と言います。また、僅かの間に現れたやがて消えて行く霧のようであると言います。しかし、主に望みをおく人は、この世で新たな力を頂き、鷲のように翼を張って上り、歩くことができると神様は約束しておられます。イザヤ書40章31節「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」
ですから、短い人生の中で、イエス様を受け入れ信じて、罪が赦され、神様の子供になり、永遠の命をいただいて、主に望みを置いて、主の約束を信じて生きるより幸いな人生はありません。ローマの信徒への手紙10章11節です。「聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。」
祈りましょう。「天の父なる神様。わたしは罪びとです。どこから来て、どうして生まれ、何のために生きて、最後はどこに行くのか知ることもなく、さまよい、ただひたすら生きてきました。私の罪のために、十字架にかかり、罪をきよめる血を流して死なれ、よみがえられたイエス様を、私の救い主としてお迎えします。私はきよめられ、神様の子供になりました。感謝します。今から、いつまでも、主と共におります。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。
今、皆さんを祝福します。皆さんの魂が恵まれますように祝福します。魂が祝福され、すべての面で恵まれ、すこやかであるように祝福します。
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