メッセージ

あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯。(詩編119篇105節)

主の助け

投稿者
toshibetsu
投稿日
2026-02-22 17:07
閲覧数
21
260222利別教会メッセージ
御言葉:詩編121篇1節、2節
題:主の助け
先週は恐れるべき方という題でわたしたちの髪の毛の一本も残らず数えられる神様、雀一羽にも目を留める神様だけが私たちが恐れるべき方であることを読みました。今日は主の助けと言う題です。神様は必ず助けて下さる、といいます。詩編121篇から、自分の力ではなく主なる神様の助けによって生きる道を読みましょう。
1. 目を上げて山々を仰ぐ
1節前半です。「都に上る歌。目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。」この詩編も都、エルサレムに上る時に歌われた歌です。「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ」と歌いましたが、なぜ、目を上げてと歌うでしょうか。もちろん、エルサレムが高い所にあったこともありますが、今まで、目を下げていたことをも意味します。
人が目を下げるのは、なぜでしょう。学校、職場、家庭、子育て、介護と、目を上にあげる暇もなく、下に向けて忙しく頑張りますから、年をとると、前向きに傾く姿勢に体が固まってしまいます。自分もそうです。そうして目を下げていた生活の現場から礼拝のために歩き出す時、この世で下向けになっていた眼差しを上に上げることができます。そして、目を上げると山々が見えます。山々と言っても、問題の山々ではなく、山々と大空を造られた創造主の偉大さに包まれます。被造物の中に創造主の御手が現わされているので、問題から目を上げて、山々を仰ぎ見るだけでも、私たちの心も、姿勢も、変えられます。礼拝は、この世と自分と問題に向けられた目を上げて、山々を仰ぎ、そして創造主を仰ぐことです。
2.私の助けはどこから来るのか
そして、目を上げて山々を仰いで、詩編の著者は何をするのでしょうか?創造主に祈ります。1節後半で「わたしの助けはどこから来るのか」と祈ります。著者は今、助けが必要です。自分の力では解決できない問題に遭ったのでしょう。それで、他の人に助けを求めましたが、おそらく助けになる人もいなかったのでしょう。それで、エルサレムの神殿に行き、生きて働いてくださる神様に訴えようと決めました。だから、1節「都に上る歌。目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか」と歌いながら神様のご臨在を求めてエルサレム神殿に上り、目を上げて、礼拝を守ります。著者は、助けてもらえたでしょうか。
3.助けは来る、天地を造られた主のもとから
2節です。「わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。」1節と2節では、全く状況が変化したのが感じ取れます。著者は助けをいただきました。少なくとも、確信を持ちました。答えが、礼拝をしたからと言って、すぐに目の前に現れることはなかったにせよ、です。
彼は「わたしの助けがどこから来るのかな」と歌っていたけれども、今は「わたしの助けは来る」と喜びと確信に満ちています。なぜでしょうか。それは、祈りに答えてくださる方がおられるからです。私たちの祈りに答えてくださる方は「天地を造られた主」であるからです。「2わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。」
天地のすべてを造られたことは何を意味するのでしょうか。まず、すべてを知っておられることを意味します。先週も読みましたが、「マタイ10:30あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている」方です。また、私たちが礼拝し、祈る方は自分の鼻や髪の毛の上に積もっている埃も人間が掃除しないといけない、手足も目も鼻も舌も動かせない偶像ではありません。生きて働いて、聞いて、見て、答えてくださる神様です。生きて働く私たちの神様はこう約束します。エレミヤ書33章2、3節です。「2主はこう言われる。創造者、主、すべてを形づくり、確かにされる方。その御名は主。3「わたしを呼べ。わたしはあなたに答え、あなたの知らない隠された大いなることを告げ知らせる。」呼び求める者に必ず答えてくださる、御言葉の約束を守られる誠実な方です。
それでは、皆さん、主なる神様、全知全能の父なる神様を愛し、祈られた皆さんはどうでしょうか。祈りに答えていただきましたか。今日のメッセージの題は主の助けですが、これから、主の助けをいただくために何が必要か聖書の御言葉を読みたいと思います。
4.父なる神様を愛し、その名を知る者
詩編91篇14節から15節です。「14彼はわたしを慕う者だから 彼を災いから逃れさせよう。わたしの名を知る者だから、彼を高く上げよう。15彼がわたしを呼び求めるとき、彼に答え 苦難の襲うとき、彼と共にいて助け 彼に名誉を与えよう。16生涯、彼を満ち足らせ わたしの救いを彼に見せよう。」神様の救い、満ち足りる答え、主の助け、神様からの名誉、神様からの高くて安全な逃れ場、神様による災いからの逃れは誰に与えられるのでしょうか。それは、神様を慕う者、神様の名を知るものに、です。
主の助けをいただくためにはまず、神様を愛し、神様の名を知ることが必要です。目に見えない神様を、わたしたちはどうすれば認知して、その名を知り、また愛することができるのでしょうか。それは、イエス様を通してです。弟子のフィリポが「ヨハネ14:8「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、イエス様は「ヨハネ14:9イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。」と言われました。それで、イエス様を愛することが神様を愛すること、イエス様を知って受け入れることが、神様を知って受け入れることになります。なので、主の助けはイエス様を愛し、イエス様の名を知って、信じて呼び求める者に助けが与えられます。ヨハネによる福音書14章14節です。「わたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」
5.約束を握って祈り続ける
 しかし、神様を慕い、イエス様を知って、その名によって祈っても、なかなか成就されていない祈りの課題があります。聖書にもそういう場合が記されてあります。信仰の父と呼ばれるアブラハムの、子孫をいただくことに対する祈りへの答えがその一つです。アブラハムには子供がありませんでした。問題は、アブラハムが子孫を与えられると、神様から約束されていたのに、直ぐには与えられなかったことでした。アブラハムがその約束を受けたのは75歳のときでしたが、その子孫、イサクを得たのは25年後の100歳の時でした。アブラハムとサラの、最後まで諦めなかった信仰についてヘブライ人への手紙11章11、12節は「11信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです。12それで、死んだも同様の一人の人から空の星のように、また海辺の数えきれない砂のように、多くの子孫が生まれたのです。」
どのようにして、子供のいないアブラハムとサラが、100歳と90歳になって助けをいただくことになったのでしょうか。それは、約束した主なる神様が真実で、約束通りにしてくださる神様だけを、見上げ続けたからでした。年齢や過ぎ去った過去の事にではなく、目を上げて、神様だけを見上げ続けました。アブラハムは75歳のときの神様の約束「創世記12:7~「あなたの子孫にこの土地を与える」~」と、また創世記15章5節の約束「~「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」」という約束を手放すことなく、握って、握って、握り通しました。
 もう一人、諦めずに祈って助けをいただいた人を見てみます。エリヤです。エリヤは3年以上続いた干ばつが終わり、神様がイスラエルに雨を降らせてくださる約束を頂きました。列王記上18章1節です。「多くの日を重ねて三年目のこと、主の言葉がエリヤに臨んだ。「行って、アハブの前に姿を現せ。わたしはこの地の面に雨を降らせる。」」この神様の約束を頂いて、火を持って答えた神様が本当の神様であることを示し、エリヤはバアルの預言者たち450人を裁きました。そして、雨のために祈り始めました。聖書は「列王記上18章42節で「~エリヤは地にうずくまり、顔を膝の間にうずめた」とあるように、ひれ伏して、切実に、謙遜に、祈りました。一度祈ってその祈りが答えられたでしょうか。祈りによって神様が答え、天から火が降られた大預言者エリヤの祈りでしたが、答えがありませんでした。従者に「上って来て、海の方をよく見なさい」と言いましたが、「何もありません」という答えでした。6回目まで全く兆しも見えませんでした。でも、7回目です。列王記上18章44節です。「七度目に、従者は言った。「御覧ください。手のひらほどの小さい雲が海のかなたから上って来ます。」エリヤは言った。「アハブのところに上って行き、激しい雨に閉じ込められないうちに、馬を車につないで下って行くように伝えなさい。」
 どんな約束をみなさん握っておられますか?先ほどの、詩編91篇、エレミヤ書33章、そして使徒言行録16章「31主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」、他にも、聖書は活ける神様の約束でいっぱいです。聖霊様が感動を与えて下さる御言葉を、最後まで握って祈り求め、祈りに答えていただく恵みを受けますように祝福します。
6.神様の御心であるか
神様の助けをいただくためには、神様の御心が何であるかを良く見極める必要があります。ヨハネの手紙一5章14です。「何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる。これが神に対するわたしたちの確信です。」ローマの信徒への手紙12章2節です。「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」私たちが祈り、礼拝し、御言葉を読んで御言葉に聞く理由は神様の御心が何かを知るためでもあります。知って、それを実行するためです。それでは、神様の御心を全て知ることができるでしょうか、と言うと、もちろん全部は分かりません。でも、それをわきまえるようになりなさい、と教えています。わきまえなさい、ではなく、わきまえるようになりなさい、と仰っています。
7.それでも、神様を信頼する
イザヤ書55章8、9節です。「8わたしの思いは、あなたたちの思いと異なりわたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる。9天が地を高く超えているようにわたしの道は、あなたたちの道をわたしの思いはあなたたちの思いを、高く超えている。」神様を愛し、その神様の名を知り、神様の約束が与えられたら、その次は諦めずに祈り求める。また神様の御心であるかしっかり見極めて願い求めることで神様の助けをいただくことができます。けれども、私たちには納得できない出来事があります。その時、主なる神様にすべてを委ねる私と皆さんになりますように祝福します。なぜなら、神様は善い神様で、愛の神様であられるからです。マルコによる福音書10章18節です。「イエスは言われた。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。」ヨハネの手紙一4章8節です。「愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。」全部が納得できないことがあっても、それでも、神様が善い神様であり、愛であることを思い出して、信頼しますように祈ります。自分はこの御言葉を覚えています。ローマの信徒への手紙5章8節です。「しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」
8.招きと決心の時間
それでは、招きと決心の時間を持ちたいと思います。ここに、まだイエス様を自分の罪のための救い主として受け入れていない方がおられるのでしょうか。この時間、イエス様を自分の救い主として受け入れますようにお勧めします。聖書は私たちの人生について、僅かの間に現れてやがて消えて行く霧のようであると言います。そのように短い人生の中で、イエス様を受け入れ、信じて罪が赦され、神様の子共になり、永遠の命を得、この世でも主の助けをいただいて生きるより幸いな人生はありません。主を愛し、主の約束を信じ、主の御心に適うことを願う人は、目を上げて、山々を仰ぎ、助けを求めるならば、天地を造られた主のもとから、助けをいただく喜びの人生を生きることができます。マルコによる福音書16章17、18節です。「17信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。18手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」
 祈ります。「天の父なる神様。わたしは罪びとです。どこから来て、どうして生まれ、何のために生きて、最後はどこに行くのか知ることもなく、さまよい、ただひたすら生きてきました。私の罪のために、十字架にかかり、罪をきよめる血を流して死なれ、よみがえられたイエス様を、私の救い主としてお迎えします。私はきよめられ、神様の子供になりました。感謝します。今から、いつまでも、主と共におります。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。今、共に祈られた皆さまを祝福します。「皆さんの魂が恵まれているように、すべての面で恵まれ、健康であるように祝福します。」
合計 46
手順 タイトル 投稿者 投稿日 推薦 閲覧数
46
New 聞いて行う者
toshibetsu | 2026.03.01 | 推薦 0 | 閲覧数 13
toshibetsu 2026.03.01 0 13
45
主の助け
toshibetsu | 2026.02.22 | 推薦 1 | 閲覧数 21
toshibetsu 2026.02.22 1 21
44
恐れるべき方
toshibetsu | 2026.02.15 | 推薦 1 | 閲覧数 38
toshibetsu 2026.02.15 1 38
43
主に望みをおく人は
toshibetsu | 2026.02.08 | 推薦 2 | 閲覧数 43
toshibetsu 2026.02.08 2 43
42
霊に満たされた人
toshibetsu | 2026.02.01 | 推薦 2 | 閲覧数 47
toshibetsu 2026.02.01 2 47
41
主を畏れる人は
toshibetsu | 2026.01.25 | 推薦 2 | 閲覧数 58
toshibetsu 2026.01.25 2 58
40
風も波も従う
toshibetsu | 2026.01.18 | 推薦 2 | 閲覧数 66
toshibetsu 2026.01.18 2 66
39
主を知っているか
toshibetsu | 2026.01.11 | 推薦 4 | 閲覧数 66
toshibetsu 2026.01.11 4 66
38
御言葉の力
toshibetsu | 2026.01.07 | 推薦 1 | 閲覧数 76
toshibetsu 2026.01.07 1 76
37
忍耐
toshibetsu | 2026.01.01 | 推薦 2 | 閲覧数 86
toshibetsu 2026.01.01 2 86